2023年8月12日土曜日

“プーチンの戦争”は歴史家への挑戦 「帝国の敗北で終わる」

「プーチン氏は歴史を通じてこの侵略戦争を正当化しようとした。それは、政治・軍事目標を達成するために操作された歴史だ」 「この戦争は帝国の敗北によって終わる」 こう断じるのは、ウクライナ出身の歴史学者、セルヒー・プロヒー氏です。 今回の軍事侵攻を「歴史家への挑戦」とも語るプロヒー氏。 ウクライナやロシア史研究の第一人者がみた“プーチンの戦争”とは? (アナウンサー 井上二郎 / おはよう日本記者 吉田篤二 / 国際部記者 横山寛生) セルヒー・プロヒー氏とは セルヒー・プロヒー氏(66)は、ウクライナ南部のザポリージャ出身の歴史学者です。1996年からカナダの大学に所属、2007年からはアメリカのハーバード大学で教鞭きょうべんをとっています。 現在はウクライナ研究所の所長を務めていて、ウクライナやロシアなどの歴史研究の第一人者として知られています。 ウクライナ出身の歴史学者 セルヒー・プロヒー氏 2023年6月に北海道大学の招聘しょうへいで来日したプロヒー氏に、今回の軍事侵攻を歴史的な視点でどうとらえるべきなのか、聞きました。 プーチン氏の歴史観は? なぜ、歴史からこの軍事侵攻をみるべきなのか。 私たちの問いに、プロヒー氏はある1枚の絵を出してくれました。 ロシア帝国時代に描かれた3姉妹とされる絵です。 そして、絵をもとに軍事侵攻に直結するプーチン氏の歴史観をひもときました。 この絵の中央は長女のロシア、両隣にいるのが妹のウクライナとベラルーシを表現しているといいます。 プーチン氏の考え方の根底には、19世紀、この3つがひとつの国家だったことがある、プロヒー氏はそう分析します。そして、ベラルーシの現状を踏まえて、ウクライナの危機を指摘します。 プロヒー氏 「『ウクライナ人はロシア人なので、存在しない、してはならない』ということです。ロシアが剣と十字架を持っていて、戦士として防衛し解放する役目を負っていますが、実は2人(ウクライナとベラルーシ)を捕らえているのです。 ベラルーシは事実上、ロシアの占領状態にあります。言語的・文化的・政治的に、より強力にロシア化されています。ウクライナも抵抗しなければ、ベラルーシと同じ運命になります」 いまウクライナは危機にある、そう警鐘を鳴らすプロヒー氏。 今回の軍事侵攻で「冷戦後の長い平和は終わった」とも指摘。新たに出現した世界、そして、歴史家がいま果たすべき役割、さらに日本の役割についても語りました。 (以下、プロヒー氏の話) なぜ、この軍事侵攻を歴史の観点からみるべきか この戦争には多くの歴史が詰まっています。プーチン氏が発表したウクライナとロシアの歴史に関する論文から戦争が始まり、彼は歴史を通して、この侵略戦争を正当化しようとしました。 ロシア プーチン大統領(2023年6月) プーチン氏の著作や発言に見られるのは、19世紀末から20世紀初頭にかけてのロシア帝国の作家たちの著作から直接もたらされたパラダイムや観念です。これは、ロシア人とウクライナ人が同じ民族であるという考え方の主なインスピレーションの源なのです。 そして、帝国時代の過去は、プーチン氏の思考に大いに影響を与えています。 モスクワで権力を握っている彼の世代の考え方は、旧ソビエトがロシア帝国と同様に超大国であった時代の後期の数十年の間に形成されたものだと言えます。それがロシアのあるべき姿のモデルなのです。 この戦争は文字通り歴史を作るものです。1991年のソビエト連邦の崩壊だけでなく、1914年の第1次世界大戦とロシア帝国の崩壊から始まった物語の続きです。 私にとって、これはかつての帝国の支配者が、かつての植民地、従属する領土を支配し続けようとする試みです。 そして残念ながら、20世紀にはその種の戦争が数多く起こされました。しかし、歴史上、いずれも帝国の敗北で終わっています。 “かつて”と“今”でプーチン氏は変化? (就任した当初)プーチン氏は、ロシアが多極化する世界の1つの極になるという考えを前任者、特にプリマコフ元首相から受け継ぎました。 またエリツィン元大統領からは、ロシアは旧ソビエト諸国の中で、支配的な立場にあるべきだという考えを受け継ぎました。 エリツィン元大統領(左)と プリマコフ元首相 そして大統領1期目のとき、プーチン氏は軍事力を使わずに、経済的圧力や政治的な影響力でその目標を達成しようとしました。しかし、その試みは、それほどの結果を生みませんでした。 その後、プーチン氏が新たに試みたのが、ロシア国外での軍事力の行使でした。 つまり、旧ソビエト諸国でロシアの影響力を取り戻すための他の手段を持っていないことに気づき、軍事オプションを選んだのです。 ジョージアへ侵攻するロシア軍(ジョージア ツヒンバリ・2008年8月) この軍事侵攻の起源は? 戦争は2014年2月、ロシア軍の特殊部隊によるウクライナ南部クリミアの議会と地方政府庁舎の占拠、そして半島の軍事占領によって始まりました。 クリミア バラクラバ(2014年3月) 最終的にはロシアによるクリミアの併合につながり、その後、東部のドンバスでは、いわゆるハイブリッド戦争が始まりました。 これに関してミンスク合意という、とりわけ停戦を課すための2つの合意がありましたが、その目標すら達成されませんでした。そのため、停戦ラインを越えた砲撃が長期間続きました。 確固とした和平が成立しなかったことを考えれば、2014年に始まった戦争だと言えるでしょう。 クリミア併合の際の欧米側の対応に問題があった? そのとおりです。クリミア併合の際の欧米側の対応は実に弱かったといえます。 ロシアに対する制裁が導入されたのは、乗客の大半がEU諸国の市民だったマレーシア航空機撃墜事件(2014年)のあとでした。 ドイツのような主要国は経済協力を強化し、ガスパイプライン「ノルドストリーム2」の建設計画はクリミア併合のあとにできました。 もし、当時の制裁が今回のようなレベルだったら、このような戦争は起こらなかったでしょう。私自身はそう確信しています。 「ノルドストリーム2」の建設を推進した ドイツ メルケル前首相 プーチン氏はなぜ歴史にこだわるのか? プーチン氏は、大国だったソビエトをロシアのモデルとしてきました。 クリミア併合で政治的に大成功をおさめ、国内の支持率は急激に上がりました。彼自身の考え方だけでなく、かなりの数のロシア国民が持つ「大国の地位と栄光を不当に奪われた」という感情を体現していたからです。 彼らはソビエト崩壊も西側のせいだと考えています。ロシア社会全体にこのような風潮があります。だからこの戦争はプーチン氏の戦争というだけでなく、ロシアの戦争なのです。 モスクワの市民ら(2023年6月) もうひとつの要因は、プーチン氏が四半世紀も権力の座にあり、おそらくもっと長く居座りたいと考えていることにあるでしょう。 ロシアに限らず、長く務めた政治家はレガシー(遺産)を求めます。プーチン氏はロシアの大国の地位を取り戻すこと、せめて失ったと思っている領土の回復をレガシーとして望んでいます。そしてそれで歴史書に載りたいと思っているのでしょう。 ただ、この戦争の成り行きを見ていると、彼が思い描くような書かれ方にはならないと思いますが。 ウクライナが勝つことはできるのか この戦争は『帝国崩壊の戦争』だと考えています。 1945年以降の近年の戦史を振り返ってみても、経済的、政治的、軍事的に強力な大国が、独立を果たそうとする弱小国に勝利した例は一つもありません。 この戦争で、ロシアが最新兵器を使い果たそうとしていて、武器製造もますます難しくなっていることも明らかになっています。その点からみても、ロシアの軍事力は著しく低下しているといえます。 一方で、ウクライナ側は、欧米からの多大な軍事支援により、おそらく世界でも最も軍事的能力の高い戦闘部隊を手に入れ、互角に戦っています。 ウクライナが受け取ったと表明した イギリスの主力戦車「チャレンジャー2」 今後、長く続く平和のためには、ウクライナ側に有利な形でバランスをとる必要があります。 以前の停戦合意は破られ、再び戦争が起こりました。今度こそ、停戦が必ず守られるような保証が、ウクライナにとっても、そして世界にとっても必要です。 世界はどこへ向かっていくのか? 私たちは、海図のない海のような、未知の領域にいます。今回の戦争は、ベルリンの壁の崩壊から始まった「ポスト冷戦」の時代を終わらせました。 https://www3.nhk.or.jp/news/special/international_news_navi/articles/qa/2023/08/10/33599.html 「ベルリンの壁崩壊」(1989年) 今日ウクライナで起きている戦争は、第2次世界大戦後、最大の戦争です。つまり、冷戦後の長い平和は終わったということです。 この戦争を通じて私たちは、ヨーロッパ、そして世界中で新しいブロックと境界が出現するのを目にしています。 東西冷戦時代にあったような西側諸国の同盟が復活し、ベルリンの壁やソビエトの崩壊以来、かつてないほど強くなっています。また、ロシアと中国の関係は、1950年代の冷戦の頃を思い起こさせるほど緊密になっています。 モスクワを訪れた中国 習近平国家主席と会談するプーチン大統領(2023年3月) ロシアが、プリマコフ元首相が主張したような「多極世界」の1つの極になろうと始めた今回の戦争の結果、世界は二極化に向かおうとしています。アメリカと、それからロシアではなく中国の2つです。 日本の果たす役割は? アメリカは、軍事的にも経済的にも、冷戦時代のように他国と比べて強力な国ではありません。 もちろん多くの点では依然として世界最強の国ではありますが、比較としては弱くなっています。これが意味するのは、同盟国の役割が実際に非常に大きくなっているということです。 日本は長い間、アメリカにとって政治・経済・軍事協力のいずれの面においても、同盟国の中で最も安定し、不測の事態を起こさないメンバーであることを確実に証明してきました。 そして今やアメリカだけでなく、国際社会からも、日本やドイツに対して、積極的な役割を果たすよう求める声が多くあります。 ドイツ ショルツ首相(左)と 岸田首相 これはとても劇的な変化です。これは、1945年の第2次世界大戦終結後に生まれたパラダイムの変化だと思います。 その変化の中で、日本がどのような立場を取るかは、日本自身にとってだけでなく、世界情勢にとっても非常に重要です。 この混沌の時代、歴史家の役割は? 私は歴史を人の記憶にたとえます。来た道を知らない社会は、進むべき道を容易に見失ってしまいます。 忘れっぽい人になってしまわないためには、社会全体を巻き込んだ幅広い議論がきわめて重要で、歴史家には特別な責任があると思います。 プーチン大統領がレトリックの中で利用しているのは、時代遅れの歴史というだけでなく、政治的・軍事的な目的のために操作された歴史です。 これは歴史家に対する挑戦です。いま歴史家は研究室や教室から出て、より幅広い人々に訴えかけることが求められています。こうしてテレビの取材に応じているのもそうです。 「ポスト真実」や「オルタナティブ・ファクト」と呼ばれる時代にあって、さらに人工知能の挑戦も受けています。これに応戦しなければ、歴史を悪用しようとする人たちに言論空間、そして社会全体が乗っ取られてしまいます。 歴史の悪用は非常に危険で、大規模な破壊と人の死につながりかねません。これが今、ウクライナで起きていることです。

‘Transformative, for better and for worse’: what’s the legacy of Peru’s Alberto Fujimori

  https://www.theguardian.com/world/2024/sep/14/transformative-for-better-and-for-worse-whats-the-legacy-of-perus-alberto-fujimori ‘Transfor...