2024年11月5日火曜日

アジア版NATOについて

 防衛研究所によるアジア版NATOの研究

【要旨】

ビーガン米国務副長官が NATO を引き合いに「インド太平洋地域が強力な多国間枠組みに欠く」とした 点に対して、王毅中国外交部長が「米国はインド太平洋版の新たな NATO 構築を企図」と批判したこと で、「アジア版 NATO」への関心が高まった。 

 NATO はソ連の脅威に対応して設立されたが、冷戦後は紛争、テロ及び海賊にも対応。その来歴は無関係 の国々には共有されず、ソ連の脅威への対応という印象が強くなる。  当該地域では、東南アジア諸国連合(ASEAN)発足後、ASEAN 中心に様々な多国間枠組みが形成され、 一定程度まで機能。同枠組み参加中の米国が「多国間枠組みの欠如」と明言することは、ASEAN 含む関 係国の努力を正面から否定することを意味する。 

米国は NATO を前提に「主要非 NATO 同盟国」の地位を設け、我が国含む 17 か国を指定しており、こ れに基づき「アジア版 NATO」に言及しているとみられる。 

「アジア版 NATO」は中国を対象とする可能性が大きく、対中関係を重視する国々は軍事的なリスクと 経済的な利益喪失に直面するため、同用語に否定的となる。 

日米豪印の協力は ASEAN への後押しを前提に、「自由で開かれたインド太平洋」というビジョンの下で 発展。ASEAN 中心主義への収斂に伴い、「アジア版 NATO」という諸刃のフレーズは、早晩、姿を消す だろう。


【注目すべき言及】

2020 年 8 月 31 日、ビーガン米国務副長官は米印戦略的パートナーシップフォーラムにおいて発言し、ク アッド(Quad)及びクアッド・プラス(Quad-Plus)の方向性について、「米国の観点からは容易だろうが、 公式化を行う際には少し慎重にならなければならないだろう」と指摘しつつ、「インド太平洋地域が実際に強力な多国間枠組みを欠いているというのが現実である。NATO や EU のような不屈の精神は持ち合わせていない」と述べた。そして、「NATO でさえ相対的に控えめな期待を持って始まった」のであり、「当初は 12 か 国のみ加盟していた」とし、米大統領選挙を挟む形で、クアッドから取組を開始することを強調したのである。 米政権外交部門の要職にある人物が繰り返して NATO を引き合いに出したことが、米印以外の多くの国々で も注目される要因となった。 これに対して 10 月 13 日、東南アジア歴訪中の王毅中国外交部長はマレーシアにおける記者会見に際して、 「米国が提案しているインド太平洋戦略は、事実上、日米豪印 4 か国メカニズムにかこつけて、いわゆるイン ド太平洋版の新たな NATO の構築を企図している」とし、「この戦略自体が巨大な安全保障上の潜在的リスク であり、これを強行して推進すれば歴史に逆行するのみならず、危険な端緒となる」と正面から批判した。 これは 10 月 6 日に、東京において第 2 回日米豪印外相会合が開催されたことを受けた発言とみられる。(p1-2)

NATO の歴史は多くの脅威への対処、行動、成功及び直面する試練により構成されており、NATO 自身の光と影の双方を象徴している。(p3)

ビーガン国務副長官は「インド太平洋地域が実際に強力な多国間枠組みを欠いているという のが現実」と指摘しているものの、「強力」であるか否かはさておき、実際に当該地域において戦後、複数の 多国間枠組みが検討され、また、形成されてきていることは事実である。 例えば、1954 年には東南アジア集団防衛条約(Southeast Asia Collective Defense Treaty)が、米国、英 国、フランス、豪州、ニュージーランド(以下、NZ)、タイ、フィリピン及びパキスタン(当時。現在のバン グラデシュを含む)の 8 か国により調印され、これを基にして東南アジア条約機構(Southeast Asia Treaty Organization: SEATO)が発足した。しかしながら、SEATO においては、共同作戦計画はほとんど作成され ず、統合司令部も置かれず、単一の統合的な指揮命令下に加盟国軍隊が置かれることはなかった。ベトナム 戦争に際して、米国は SEATO に理論的な根拠を求め、ベトナムを SEATO の保護下に含めることで継続的な 関与のための法的枠組みを得たと、米国務省公式サイトは記載している。組織としての SEATO は 1977 年 に公式に解体された一方、同条約は法的には現在も失効していない。実際、米国もタイとの関係の根拠として 挙げているほか、フランスも同地域への関与に関する文書で同条約が現在も有効である点を強調している。 また、1951 年には米国、豪州及び NZ の間で安全保障条約(ANZUS 条約)が結ばれているほか、1971 年 には、英国のスエズ以東撤退に伴い、英国、豪州、NZ、マレーシア及びシンガポールの間で「5 か国防衛取極」(FPDA)が結ばれ、当該枠組みの下、マレーシアのバターワース空軍基地に現在も豪軍が常駐している 。 このように、米国が欧州においては NATO を設立し多国間枠組みに積極的であったのに対して、アジア地 域においては日米、米比といった二国間関係を優先した点についても様々な見方がある。ここでは学術誌International Organization に掲載されたヘマー及びカッツェンスタインによる論文が参考となるだろう。 これによれば、例えば集団的アイデンティティの観点から米国が欧州の同盟国を共有される共同体の平等な メンバーとみなす一方、アジアの同盟国を部外の劣った共同体の一部とみなしたとの指摘があるほか、欧州が ソ連の大攻勢を受け止めるように NATO が形成されたのに対してアジア方面における大規模な中ソの攻撃は 予想されず、米国の主たる脅威が領域内部の共産主義勢力による反乱であった点が指摘されている。特に、 米国の SEATO に対する態度は NATO に比して、文明、人種、民族、宗教及び歴史の記憶という点で異なっ ており、植民地時代の考え方が根強く残っていたほか、米国東部エスタブリッシュメントの親欧傾向に比して アジア第一主義者の米国政界の影響力の小ささが指摘されている。(p3-4)



  











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